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「間」で伝えるメッセージ

troika.jpgトロイカ』フジ子・ヘミング

フジ子・ヘミングは生演奏を聴きたい音楽家の1人。
多くの人から「フジ子のピアノに感動した」という声を聞く。たしかに圧倒的な存在感のある演奏は、聞き手に有無をも言わせない「語りかけ」を投げかける。でも、彼女が素晴らしいと言われるのは、必ずしも演奏技術によるものだけではない。そこには、彼女の「波乱の人生」「生き様」といった“コンテキスト”が大きく影響しているようである。このアルバムを聴きながら、そうした“聴き手を惹きつけるコンテキスト”が音楽という表現形態の中で、どのように織り込まれているのか考えていた。

1曲目の『幻想即興曲』を聴きながらふと気が付いた。
「間」だ。

フジ子のピアノは、音だけを聴いてはいけない。私にとって彼女の演奏は、音と音との「間」が醍醐味なのだと。フジ子と聴き手との「間合い」と言い換えてもいいかも知れない。「間合い」とは、我と彼の距離・合間である。真剣勝負で相対する際の互い呼吸のはかり方とも言える。我々の聴覚にダイレクトに届く音と音の隙間、本来は「無」であるはずのこの「間」が、現実の音と同じくらい、あるいはそれ以上のメッセージを聴き手に投げかけて来る。

このことは芸術だけではなく、あらゆる表現でも言える。たとえばプレゼンでも、流れるような進行で淀みなく進めるよりも、私は所々に意図的に「間」を用意することを心がけている気がする。そんな「間」が相手に伝えるメッセージのパワーに気づかされた1枚だった。生でフジ子との間合いを感じることのできる日が来るのが、ますます楽しみになった……。

コメント (2)

一昨日だったかな、Comment書いたんですけど、
きっと私の方でミスっちゃって反映されませんでした。

フジ子・ヘミング良いですね。
『間』ですか。。。
そこまで深く考えた事なかったですけど、確かに『間』のパワーは凄いと思います。
譜面で一番難しい記号は休符ですし、
それと同様に会話の中での『間』、即ちお互いの『呼吸』が合うことによって、
ぐんと距離が狭まるのだと思います。

難しいですが、『間』の取り方を習得したいですね。

noppoさん、こんにちは。
コメントありがとうございます!

私もウッドベースを少々たしなむのですが、
演奏技巧のマスターに走りがちですね。
noopoさんがおっしゃるように「間」の取り方を
身に付けたいものです。

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2003年06月11日 13:11に投稿されたエントリーのページです。

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