先ほどのエントリーで紹介した「長門守の陰謀」に続き、藤沢周平作品をもう1冊読みました。幕末を舞台にした「雲奔る」です。
米沢藩士である雲井龍雄が主人公です。安井息軒の愛弟子で三計塾きっての俊才だった人物だそうですが、恥ずかしながら知りませんでした。なので少し調べてみました。
雲井龍雄(1844~1870) 米沢藩出身
幕末に活躍した憂国の士。中島惣右衛門の次男で幼名猪吉。のち小島才助の養子となり小島辰三郎を名乗る。雲井龍雄は彼の最も知られた変名。幼少から秀才として知られ、興譲館に通って、その書籍を読み尽くしたともいう。~中略~ 江戸勤務となり安井息軒の塾で頭角をあらわす。その後、藩命で京都にて工作活動に従事。長州・土佐の志士と深く交流していた。戊辰戦争に突入すると「討薩の檄」を作って薩摩藩の野望を批判した。~以下略~(「やまがたなんでもかんでも博物館」の「やまがたこの人」より引用
米沢藩といえば上杉家ですね。謙信公以来武門を尊ぶ家です。京都守護職を勤めた松平容保の会津藩に近いこともあってか、幕末期は徳川幕府を補佐する佐幕派として活動していました。雲井龍雄も江戸や京都で高名な志士らと交わりますが、佐幕と倒幕をいったりきたりする薩摩藩のやり方に彼は強い嫌悪感を覚えます。そしてこの「薩摩憎し」は彼の生涯の思想になります。
やがて奥羽列藩同盟が瓦解し、彼の米沢藩も新政府軍(薩長軍)に恭順します。しかし雲井龍雄はあきらめません。薩長による新政府のやり方ではやがて反乱があちこちで起きて国内は内乱状態になるだろうと、果せなかった「討薩」の野望を胸に活動しています。そしてやがて、その機会は訪れようとするが……。
このような人がいたことを知らなかったことが恥ずかしいです。赤報隊の相楽総三は討幕派の草莽ですが、雲井龍雄のように戊辰戦争で負けた幕府軍に属していた人物は、歴史から抹殺とはいかないまでも、かなり情報が少なく我々は接する機会がすくないものです。「雲井龍雄の墓」にも行ってみたくなりました。
なお本書では、雲井はいわゆる幕府側の志士ということもあり、新選組の永倉新八らといったお馴染みの人物が顔を覗かせるという意外な楽しみもあります。藤沢周平のファンのみならず、「幕末モノ」が好きな人も楽しめるはずです。
| 雲奔る―小説・雲井竜雄 | |
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