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「一茶」(藤沢周平)の人間くささ

藤沢周平の「一茶」を読みました。小林一茶といえば「やせ蛙 負けるな一茶 これにあり」などの句が有名で、どこか愛嬌のある句を読む俳人というイメージがあります。でも調べてみると、つねに貧しさと向かい合わせの暮らししかできず、果ては弟をだまして遺産を巻き上げた悪党、ということも語られています。

この本を読むと、つらくなります……。

幼いころの継母から受けた虐待、それを見かねた父親に江戸に奉公に出されたものの長続きせず、職を転々と変えていく一茶の姿は、江戸時代のそれでなく現代とも重なってきます。

やがて俳句の道に踏み出していくものの、一茶を待っていたのは貧乏と物乞い同様の旅暮らしです。やがて世をすねた一茶の句は少しずつ変わっていきます。

秋寒むや 行先々は 人の家

この句をみて、一茶の庇護者であった夏目成美は「つつましくて哀れ」と表します。しかし一方でこの頃から一茶の句は自らの貧しさを通して世間を揶揄するような句が増えていきます。

秋の風 乞食は我を 見くらぶる

ほかにも、

梅が香や どなたが来ても 欠茶碗

といった句を次々とつくっていきました。こうした一茶を、成美は「うまく行けばほかに真似のない、あなた独自の句境がひらける楽しみがある。しかし下手すれば、俗に堕ちてそれだけで終わるという恐れもある。わたくしはそのように見ました。」(一茶より引用)と危ぶみます。

しかしその後も一茶は自らの句境を開拓すべく、その数2万とも3万ともいわれるおびただしい数の句を読み続けます。ところが郷里に帰った一茶に江戸の俳界は目もくれず、ひところは江戸でも名が通っていた一茶は忘れられた存在になっていきます。

信濃に戻ってからの一茶は、亡き父の遺言をたてに遺産争いを繰り広げ、足掛け10年にもおよぶ紛争の末、弟をだまして遺産を分捕り居座ります。このエピソードから一茶を俗悪人だという人たちも多くいるようです。

しかし、年老いてからの一茶は、妻や子どもたちに相次いで先立たれて本当に哀れです。人間の老いの哀しみについて考えさせられる一冊でした。アマゾンのレビューでの評価は低いですが、これは本作を貫く救いのない暗さによるものでしょう。小説としてはとても見事に小林一茶の弱さと(少しの)強さを描ききっていると思います。

■関連リンク
「一茶のふるさと 一茶記念館」

一茶
4167192020藤沢 周平

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コメント (2)

トラックバックいただきありがとうございました。

「一茶」を読むと本当に気が滅入りますね。私自身、生まれ故郷の柏原の比較的近くに住んでいたことがあり、記念館や生家跡を訪ねたり、近隣に残る一茶の足跡などを辿るうち、郷土の生んだこの有名な俳人の生涯を勉強しようと気軽な気持ちでこの評伝的な小説を手にとったのですが、凄惨とも言える生涯とそのような人生から生まれた俳句のほのぼのとした表現とのギャップの大きさを知り愕然としました。

望岳人さん、こんにちは。
コメントありがとうございます!

記念館にいらっしゃたことがあるのですね。

本を読んだら親近感がわいたので(いいところも悪いところも)一度行ってみたいです。

またよろしくお願いします!

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2005年11月18日 14:14に投稿されたエントリーのページです。

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